食いしん坊無職~試験的台湾隠居生活~

44歳でセミリタイア!現在48歳。台湾好きな中年の隠居生活をつづっていく日記。台湾に居てお得だと思った情報も記事にしていきます。

労働解放記念日!!

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終わったー\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

終了~~~~

本日をもって、労働から解放されました。

金が尽きるまで、もう労働はしないぞー

振り返れば、ダメ人間な俺は労働にひたすら耐えてきたな…

正社員時代

大学を中退してぶらぶらしてたんだけど、ようやく22歳の時に某中小メーカーへ就職して…

まぁ、当初はバブル経済の影響もあってダメ人間でも平穏に過ごせていたんだよ。

ただね、そんな平穏な毎日は長続きしなかった…

23歳でバブル経済は崩壊して、25歳の頃には就職氷河期に突入した。

 

バブル崩壊 - Wikipedia

就職氷河期 - Wikipedia

 

俺が28歳になると勤めていた会社もその二年前から業績が上がらなくなり、責任を取って社長が変わったんだよね。

それからだよ、悲劇が始まったのは…

 

『あとこの年、俺が勤めていた会社の社長が変わったんだよ。

2年ぐらい前から、売上が下がり始めた責任を取って交代したみたいなんだけど、営業からたたき上げで社長になった人から、経理上がりの人に変わったんだよね。

売上が上がらなくなった原因は、営業をやっていたからわかっていた。

大企業の工場が海外に移転していくんだよ。

円高の為とか言われているけど、人件費も新興国は激安だからね。

それで移転した大企業は、部品等を現地調達するんだよ。当然、納入していた製品が売れなくなる。しかも、うちみたいな小さな会社は海外展開する力がなかったんだよ。

 新社長が就任して翌年からだったね、社員を取らなくなったのは。

社長としては、大手銀行や証券会社が倒産するのを目の当たりにして、相当危機感を持っただろう。その結果、売上が上がらないんだったら人件費を削減してでも赤字を出さずに利益を出すしかないと踏んだわけ。給料も上がらなくなったよ。

なぜ、利益にこだわったかといえば銀行から金を借りれなくなるからだよ。

みんな知っていることだと思うけど、バブルが崩壊してから銀行も融資に対して不良債権を増やさないことを念頭とするので、すごく慎重になったわけ。

 そんなわけで、営業所にいた社員も異動になったり会社に見切りをつけて辞めたりして減っていった。でも、補充はなく仕事量だけが増えていったんだ。

しまいにゃ、平日はお客との営業にあて、時間がないので休日に事務処理をする羽目になったよ。』(結婚について考える『結婚して良かった事及び悪かった事』中編①より)

 

採用を無理やり抑えるもんだから、仕事量が増えてひたすらそれをこなす毎日だった。

10年ぐらい採用を抑えていたんだけど、38歳の時に採用復活したんだよね。

でも、今まで高卒もしくは専門卒しか採用できなかったのに入社してきた奴らのスペックときたら…

 

『それで新卒で入社してきたのが、これまたビックリ!

専修大学帝京大学卒業のやつらだよ。いままで、高卒や専門学校卒しか取れなかったのに。

専修大学といえば、日東駒専(日大、東洋、駒澤、専修)って言われているCランクの大学だよ。帝京大学だって、大東亜帝国(大東文化、亜細亜、帝京、国士舘)って言われているDランクの大学だ。

なんでこんな小さな会社に来てるの?

普通さ、公務員か、大企業か、もしくはその系列だろうよ。

このとき、俺は思ったね。もう、MARCH(明治、青山、立教、中央、法政)って言われているBランクより上の大学に行かないと行く意味がないんじゃないかと。

そりゃー中には、もっと勉強がしたいんだから大学へ行くんだよ。就職なんて関係ない!なーんていう輩もいるかもしれないけどね。

 38歳で若手っていうのもなんだけど、今まで一番若手だった俺の勤めていた営業所に配属になったのが、専修大学の奴だよ。

そいつは、パーフェクトだった。

事務処理においても、営業活動においても。特に対人スキルは最高だったね。いわゆる社交性って奴かな。お客にしても、上司にしてもうまい具合にやっていたよ。

元来、コミュ障気味だった俺は、ここまで何とか努力をしてきたけども、もって生まれたどうにもならないコミュ障という壁は乗り越えられないとこの新人が来て感じたんだ』(結婚について考える『結婚して良かった事及び悪かった事』後編①より)

 

子供の教育費のことがあったんで辞めれなかった。

上司から新人と比較されて罵倒されても耐えるしかなかった。

精神的にも肉体的にも限界だったんだよ。

 

『この頃の俺は会社で心身ともにボロボロだった。精神的には専修大学卒業の奴と比較され、肉体的には帰宅が深夜にまで及ぶ残業や休日出勤、家の中では『疲れているから』が口癖のようになっていた。

本当、湯船につかる時と寝るときだけが、すべてを忘れられる楽しみだったね。

そんな父親を見て、これ以上負担をかけちゃまずいと思ったんじゃないかな。

俺が自慢できるのは子供達だけだよ。

孝養心のある、優しい子供に育ってくれた……ありがとう。

 セミリタイアを実行に移したよ。44歳の夏だった』(結婚について考える『結婚して良かった事及び悪かった事』後編②より

 

子供には感謝しかないよ。

本当にありがとう。

マンション管理員時代

で、無職になったのはいいんだけど、日本って監視社会なんだよね。

ここが台湾だったら、ずーと無職だったかもしれないけど…

 

『俺の自宅の周りには、70歳以上の高齢者がたくさん住んでいる。

隣も高齢者(生活保護)、下の階も高齢者だ。日本の平均年齢は、50歳近くの世界トップなので、高齢者がたくさん住んでいるのは別にいいんだけど、彼ら(彼女ら)は日本が高度成長の時代を生きてきた人たちなので、終身雇用や年功序列なんてものが、いまだに当たり前だと思っている人が多い。

セミリタイヤなんて絶対認めないし、多様性のある働き方さえも認めない人が大多数である。

つまり、中年のおっさんは、平日については朝早く家を出て、夜遅くに帰ってこないと人ではないみたいな認識である。

そんな感じなので、平日の昼間に中年のおっさんが近所をうろつくと、変なことをしてリストラされたやばい人だから近づくなオーラを全開にしてくる。

平日の昼間に中年のおっさんが近所をうろつく=犯罪者みたいな図式である』(完全無職になる問題点(後)より)

『毎年3月に国連幸福度調査なる報告書が国連から発表されるんだが 

World Happiness Report

日本は先進国の中で最下位の51位という順位に甘んじている。

俺が今、はまっている台湾は33位だからそれよりも下なんだよね。

なぜこんなに順位が下なのかといえば

日本は寛容性が他の国と比べて極端に低いからなんだよ。

つまり、多様性を認めない世間っていうのが日本には存在する。

先に挙げた無職の中年おっさんを認めない高齢者もそうなんだけど

マイノリティに対して日本は非常に冷たい』(完全無職になる問題点(後)より)

 

健康もそうなんだけど、一番の再就職理由はこの世間体なんだよ。

マンション管理員にしたのは、単に人手不足で中年のおっさんでも再就職が容易だから。

toyokeizai.net

介護や運送やコンビニが日本で人手不足だっていうのは常識になりつつあるんだけど、何気にマンション管理人も人手不足なんだよね。

で、今まで続けてきたんだけど最近マンション住民で管理人が有給を申請すると不満を漏らす奴が出てきたんだよ。

 

『6月は台湾旅行のために有給休暇を二日ほど使ったんだが、前にやってた管理代行業者と比べてマンション管理に関する仕事を多くやっているにもかかわらず、住民に対して事前告知をした途端、住民は冷ややかな態度を取るようになったね。

俺はマンション規約に乗っ取って休暇を取得しているだけ!

別に業務の妨げになるような休み方をしているわけじゃないのに…

こんなくそ仕事まで、あーだこーだ言われたくないわ!

だいたい日本ぐらいなもんだよ。正当に有給休暇を取得して非難されるのは。

正社員時代も有給休暇を取得できなかったけど、もう余生だからね。

バンバン有給休暇を取得してやる!

人手不足だからといって、管理会社から辞めないでくれと止められているけど、辞めるときはやめるし、替わりがいないとかそんなことは知ったことじゃないんだよ!』(2017年6月家計簿より)

 

そんなわけで、本日をもって労働は終了~

今度は日本で無職に対しての高齢者目線にどんだけ耐えられるかわからないけど、その前に条件も整ったことだし……

 

憧れの台湾へ移住しちゃおうぜ、俺!!

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